道は、自分で選ぶ
自分の一日は、ぜんぶ自分が決めている
朝、次男と手をつないで、幼稚園まで10分ほど歩きます。
門の前まで来ると、次男はつないだ手をほどいて、こう言うんです。
「一人で行くから、バイバイ」
最初のころは、園に入っていく後ろ姿を、門の外からずっと見守っていました。それが今では。
「すぐ帰っていいよ!」
見られていることまで、お見通しです(笑)
午後2時ごろにお迎えに行くと、そこからが次男の本番です。
まず、家の前の公園へ。近所の同級生と、砂場で水遊び。びちゃびちゃになって帰ってきて、着替えて、少しお昼寝。起きたら今度は、別の公園へ。そこで遊んでいた同い年の子たちと、あっという間に意気投合して、また遊ぶ。
この一日、ぜんぶ、次男の指示で動いています。どこへ行くか、誰と遊ぶか、いつ帰るか。決めているのは、全部自分です。私はというと、後ろをついて歩く、安全管理の係。
最近のお気に入りは、近所の友だちとの、三輪ストライダーでのツーリング。行き先は、最寄り駅。道路の白線を線路に見立てて、二人で白線の上だけを走っていく。信号のところでは、「あか、とまるんやで」と、友だちにルールを教えてあげたりして。その横顔が、もう、いきいきしているんです。
もちろん、途中でこけます。どろどろにもなります。
でも、その程度のことなら、「いたいー」と泣いて、自分で立ち上がる。汚れた手を、自分で水道で洗う。
面白いのは、親と二人のときは「どうするん?」と私に聞いてくるのに、子ども同士だと、子ども同士で考えて動くこと。大人がいないところでこそ、子どもは自分の頭を使いはじめるんですね。
ただ、正直に言うと、この子育てには、時間が要ります。
子どもが満足するまで、公園をはしごする。一日に何回もどろどろになって、そのたびに着替える。こけても手を出さず、一人で立ち上がるまで、待つ。
どれも、時間に追われていたら、できません。「早くして」の一言で、ぜんぶ終わってしまう。
そして、これも正直なところ、親の余裕は、一人目、二人目、三人目で変わりました。次男にこれだけ付き合えているのは、私たち夫婦が働き方を変えて、時間を作ってきたからでもあります。
だからこそ思うんです。子育て世帯が、せめて小学校に上がるまでは子育てに専念できる。そんな環境を、社会が用意してもいいくらい、この時期の“自分で決める”は大事なんじゃないか、と。
主体性を、どこまで大切にしてあげられるか。
それで変わるのは、テストの点でも、華やかな成功体験でもなくて、もっと根っこのもの。「自分の人生を、自分で生きている」という感覚なんじゃないかと思います。
白線の上を、自分で選んだ道みたいに走っていく次男の背中を見ながら、ふと、昔パパに言われた言葉を思い出しました。
「誰の人生、生きてるん?」
あの日、玄関で倒れていた私に向けられた問いを、今は、子どもたちの毎日が教えてくれています。
あなたは今、自分の人生を生きている。そう実感できていますか?
今日も、楽屋裏から。
ちっくん


