お小遣いは、あげない
でも、うちの子はお金の稼ぎ方を知っています
「毎月のお小遣い、いくらにしてる?」
ママ友とのあいだで、ときどき出る話題です。学年×100円、とか。中学生になったら◯円、とか。
正直に言うと、わが家には、その「毎月いくら」がありません。
決まったお小遣いを、あげていないんです。
ケチだから、ではありません
先に言っておくと、お金を渡さない、という話ではありません。むしろ逆で、渡す機会は、よそのお宅より多いくらいかもしれません。
違うのは、渡し方です。
毎月決まった日に、自動で降ってくるお金。これをやめました。かわりにわが家では、お金が動くときに、かならず理由があります。何かをやりきったとき。家族のために動いたとき。そして、本人が「これがほしい」と、ちゃんと交渉してきたとき。
お金は、空から降るものではなく、誰かと関わって、生まれるもの。まずそれを、体で知ってほしいんです。
「ほしい」の先を、言わせます
うちの子が「あれ買って」と言ってきたとき、わが家の返事は、だいたいこうです。
「なんで、ほしいの?」
これを聞かれると、子どもは考えます。なぜ自分はそれがほしいのか。どれくらいほしいのか。買ったら何をするのか。それを言葉にして、私やパパを説得しにくる。
前に書きましたが、わが家は子どもたちに、こう伝えています。パパは何になら投資してくれるか、ママは何になら投資してくれるか、二人の特徴をつかんで、うまいこと使い分けなさい、と。親を、はじめての「投資家」にするわけです(笑)
黙って待っていれば毎月もらえる、が当たり前になると、この「なぜ?」を考える筋肉が、育たない。お小遣いをあげないのは、この筋肉を、毎回使わせたいからなんです。
「かわいそう」と言われます
この話をすると、心配されます。友だちが持っているお菓子を買えなくて、かわいそうじゃないか。お金の管理は、決まった額でやりくりして覚えるものじゃないの、と。
その指摘も、分かります。定額のお小遣いで、限られた中でやりくりを学ぶ。これは立派な方法だと思います。
ただ、わが家が先に教えたいのは、「配られたお金を、いかに使うか」より、「お金を、どうやって生み出すか」のほうでした。やりくりは、原資があってこその話。その原資を、自分の工夫や行動で作り出せると知っていることのほうが、これからの時代、ずっと強い武器になる気がしています。
もちろん、これが正解かは分かりません。定額制にも定額制の良さがある。わが家の実験の、途中経過です。
お金は、種と同じ
前に、お金にも種がある、という話を書きました。
定額のお小遣いは、毎月、種を配られるようなものです。楽だけれど、自分では種の作り方を覚えません。わが家がやりたいのは、種そのものより、「種のまき方」を渡すこと。
だから、あえて配らない。ほしいものがあるなら、アピールして、説明して、交渉して、勝ち取る。その一連が、いちばん生きたお金の教育だと思っています。
学校では、たぶん教えてくれません。だったら、家の食卓が教室でいい。
みなさんのお宅では、お小遣い、どうしていますか?
今日も、楽屋裏から。
ちっくん



うちも、何か欲しいと言われたら、「どうお願いしたらパパが買ってくれると思う?」とか聞いたりします😊
まだ子どもが小さくて、おこづかいとかも決まっていないので、いろんな形があるのだな、あっていいんだろうなと思いました。
「配られたお金を、いかに使うか」より、「お金を、どうやって生み出すか」
大切な考え方ですよね。お金が湧いてくるものだと子供は思ってしまいますからね💦